こんばんは、夜明(よあ)です。
最近、ニュースから流れる情報が悲しく、気持ちが引き摺られてしまっています。
思わず手に取った小説は、米澤穂信先生の『さよなら妖精』でした。
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皆さんはかつてユーゴスラビアという国があったことはご存知でしょうか?
私が小学生になる頃にはすでに地図から消えてしまっていました。
だから、米澤先生のこの著作を読むまでは全く知らなかった国です。
ユーゴスラビア。
6つの国5つの民族が、74年間(1929−2003)ひとつの国であり続けた末、
10年(1991−2001)にわたる内戦を経て解体されました。
こんな時なのに。と思う方は、いつか心が元気になった時に覚えていたら手に取ってみてください。
でも私は、こんな時だから皆さんにこの物語を知って欲しくなってしまいました。
今回は、ユーゴスラビアに生まれた少女をめぐるミステリー小説をひとつご紹介します。
あらすじ
1991年4月。当時高校3年生の守屋路行は、雨宿りするユーゴスラビアから来た少女マーヤと出会う。マーヤは5つの民族6つの国から構成されるユーゴスラビアという国の、7つ目の文化を作るために世界中を旅して学んでいるという。
マーヤが日本にいた期間は2ヶ月。マーヤは日常から謎を見出しては「哲学的意味はありますか?」と解説を求めた。
やがて彼女は、すでに内戦の始まっていたユーゴスラビアに帰る。それから1年、彼女からの連絡はない。マーヤが帰った国は6つの国のうちどこなのか、その国は安全なのか…… 記憶と日記を頼りに、彼女が残した最大の謎を解くことになる。
米澤穂信先生の紡ぐ物語
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先日、第166回 直木賞(エンタテインメイト性に優れた小説に贈られる賞です)を受賞された米澤穂信先生。
実は中学生の頃からかれこれ13年も大好きな作家さんで、何度もサイン会やトークイベントに参加させていただいています。
今思えば、人生の半分が米澤先生の作品と共にあったのですね……!
1人で勝手に感慨深いです。
米澤先生は現在、ミステリーの中でもさまざまなジャンルの作品を執筆されています。
しかし、デビュー当時は「日常の謎」をメインに執筆されていました。
有名な作品は、京都アニメーションによってアニメ化された『氷菓』でしょうか。
「省エネ」をモットーに掲げる男子高校生、折木奉太郎と彼を取り巻く〈古典部〉のメンバーが日常で起きた「気になる」謎を解いていくシリーズです。
青春ミステリとも形容される作品ですが、米澤先生の味付けは
甘酸っぱいというよりはほろ苦い。
なぜほろ苦く感じてしまうのか、次項で私なりに考察してみます。
ほろ苦い、ボーイ・ミーツ・ガール
心理学的に有名な理論で、エリクソンの発達理論というものがあります。
簡単に説明すると
人間の心には年齢に応じた発達課題があり、その段階の課題を達成できなければ次の段階での課題解決に支障をきたす。
というものです。
米澤先生のつむぐ青春ミステリの主人公たちの多くは
青年期(13~20歳頃)に該当し、この年齢における発達課題はアイデンティティの確立と言われています。
アイデンティティの確立、とはすなわち「自分は何者か」、「自分というものをはっきりさせる」ということです。
理想と思えるモデルに自分を重ねてみたり、さまざまな可能性を演じてみたり、自分の生き方を模索するのですね。
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模糊とした記憶の中に、いくつか鮮明なシーンがある。覗き込んでくる目、カールがかった黒髪、白い首筋、『哲学的意味がありますか?』、そして紫陽花。それらを光源として見える範囲を広げるように、少しずつ過ぎた日を思い出していく。いま思い出した、あのひとは美しかった。だがなぜそれをいままで忘れていたかといえば、あのひとはその姿よりも価値のあるものを見せてくれたからだ。
米澤穂信『さよなら妖精』
主人公が、ユーゴスラビアからやってきた彼女を思い出すシーンの一節です。
彼女にまつわる美しい思い出が、
パッパッと暗闇でフラッシュライトが瞬くかのように断片的に、かつ鮮明に思い浮かびませんか?
美しい表現だと心に響きつつも、彼が彼女との出会いによってアイデンティティを確立しようとしている姿が同時に見えるようです。
彼女の姿に自分を同一化させているようにも見えますし、
彼女が誘う世界が自分の可能性のひとつであると期待しているようにも見えます。
そして自分の生き方を求めて試行錯誤する様子が、ほろ苦さの源だと私は感じるのです。
日常の謎
『さよなら妖精』では、異国から日本にやってきた少女マーヤの目を通してさまざまな謎が提起されます。
- 雨なのに手に持った傘をささない男
- 季節外れに餅を供えて願掛けする若者たち
- 友人の名前の由来
ひとつひとつの謎解きを、手帳に書き取っていくマーヤ。
やがて主人公はマーヤを通してユーゴスラビアに興味を抱くようになります。
そんな矢先、ユーゴスラビアは内戦状態に突入するのです。
そして、最後にして最大の謎解きへ
主人公に非日常をもたらしてくれた彼女は、戦火の中にあるユーゴスラビアに帰っていきます。
帰ったら手紙を書くと約束をして……
しかし彼女が日本を去ってから1年経ってなお手紙は届きません。
そして彼を含む、彼女と過ごした日本の人間は彼女がどこに帰ったのかを知りません。
彼女は「ユーゴスラビアに帰る」としか言わなかったのです。
『哲学的意味がありますか?』そう言って、日常に潜む謎を解くようにせがんだ彼女。
最後に残した最大の謎は、彼女はユーゴスラビアの6つの国のうちどこに帰ったのかということでした。
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ところで、東京創元社さんの小説には必ず英題がついています。
さよなら妖精の英題は
THE SEVENTH HOPE
どこに帰ったかで彼女の安否は大きく変わります。
5つの民族6つの国から成るユーゴスラビアという国の、
7つ目の文化に向けた願いと祈りの物語なのです。
忘れてはならない、知らなければならない、考えねばならない
大人になってから気づいたことですが、私はどうやらニュースが苦手なようです。
心の調子が悪いと、なんだか涙が出てきてしまうことも。
だから今までは無意識のうちに避けていたのですね。
ニュースを見て泣く私に、夫がひとこと言いました。
「夜明は今ウクライナを想って泣いているけれど、ルワンダのためには泣いた?」
泣いていません。
そもそもルワンダという国で内戦が起きていたことを知らなかったのです。
後悔しました。
自分の無意識の中の差別性に、恐ろしくなりました。
今回は、かつて一瞬でも自分に関わりのあった国々で起きていることだから情報をキャッチしたのです。(かつて超短期ですが、私はモスクワに留学したことがあります)
だから忘れてはならないし、知らなければならないし、考えなければならないと思います。
そしてユーゴスラビアのことも忘れてはならないのです。
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